角田かくだゆうき(悠紀)

昭和57年10月30日生まれ 35歳



モットー

角田ゆうき,角田悠紀

[経歴]

1998年3月

高岡市立南星中学校 卒業

2001年3月

私立高岡第一高等学校 卒業

2005年3月

立命館大学法学部法学科政治行政専攻 卒業

2005年4月

富山テレビ放送㈱ 入社

報道部に在籍し、記者、フィールドキャスターを担当

高岡市政、県政、県警、教育、経済などを担務とする

2015年10月

在職中に高岡市のスポーツを盛り上げるべく
一般社団法人高岡スポーツユナイテッドを設立

2016年3月

富山テレビ放送㈱ 退職

政治活動を開始

2016年4月

一般社団法人高岡スポーツユナイテッド 代表理事就任

現在、空手教室、ヨガ教室、バスケットボール教室を運営


[自己紹介]

身長182cm
体重72キロ
ニックネーム角ちゃん、悠ちゃん
趣味読書
小説:横山秀夫、真保裕一
漫画:ワンピース
加治隆介の議
スポーツ歴サッカー(小学校)
バスケットボール
(中・高・大学)
家族祖父、祖母、父、母
尊敬する人
好きな言葉人事尽くして天命を待つ
その他意外と字がきれい
角田ゆうき,角田悠紀

エピソード

角田ゆうき,角田悠紀
昭和57年10月30日、父 辰義 母 謹子の長男として誕生。幼少期は甘えん坊。2つ上の姉 智里の背中を追いかけていた。
角田ゆうき,角田悠紀
おしゃべりが大好きで、起きてから眠るまで話し続けていた。体はそんなに強くなく、家族に心配をかける事も多々あった。
角田ゆうき,角田悠紀
和田保育園に入園。人見知りする事無く、いつも笑っていた。 お祭りが大好きで、毎年の御神輿が何よりも楽しみだった。
角田ゆうき,角田悠紀
小学生になってから御神輿では歌い手に。もちろん自ら立候補して。 歌う事が大好きで、これは今も変わらず、ストレス発散は大声で歌う事。  
角田ゆうき,角田悠紀
横田小学校では児童会長を務める。運動会直前に急性髄膜炎で入院するも、選手宣誓は絶対に誰にも譲れないと家族の反対を押し切って参加。
角田ゆうき,角田悠紀
小学校時代はサッカー三昧。何事も1番が好きでポジションよりも背番号を優先したためゴールキーパーに。サッカーを通じて多くの友人に恵まれた。
角田ゆうき,角田悠紀
南星中学校に入学。転校生にも関わらず、多くの友人に囲まれ、部活(バスケットボール主将)に勉強?に充実した学校生活を送る。
角田ゆうき,角田悠紀
運動会では団長。この頃から紫が大好きで、選挙カラーも紫にした。 生まれた暦は九紫火星。ここにも紫が入っていた事に縁を感じる。
角田ゆうき,角田悠紀
中学校駅伝大会に出場。タスキをつなぐ事だけを考えて全力疾走。 つなぐ事を考えると辛くても足が前へ。いつもより早く走れる気がした。
角田ゆうき,角田悠紀
中学校卒業式。優秀な生徒とは言えないと思うが、良い事も悪い事も今では全て大切な思い出。中学時代の友人たちとは今でも酒を酌み交わす。
角田ゆうき,角田悠紀
高岡第一高校のパンフレット用の写真。姉もパンフレットに出ていたので、姉弟揃って選ばれた事が本当に嬉しかった。先生、ありがとう。
角田ゆうき,角田悠紀
大学は京都に。20歳の時に初めて選挙戦に携わる。応援弁士も務め、選挙を体験した。この時、自分の目指す道が政治であると心に決める。
角田ゆうき,角田悠紀
大学卒業後に選んだ就職先は県内の民間放送局。報道記者として県内を走り回る。ある事件では誰よりも現場に長くいたくて、寝袋で泊まり込んだ事も。
角田ゆうき,角田悠紀
同期のアナウンサーとニュースキャスターに。言葉で伝える事の難しさを痛感。 OAが終了したと勘違いして「終わった〜」の発言が流れてしまうハプニングも。
角田ゆうき,角田悠紀
富山県民が多数被災したNZ地震では発生翌日に現地入り。 被災地の現状を衛星中継で全国に伝えた。ちなみに現地の取材はボディランゲージで乗り切る。
角田ゆうき,角田悠紀
退職後、自民党に入党。高岡市連青年局の一員として昨年7月の参院選に携わる。 候補の支援を呼びかけながらも、自分の選挙もイメージして活動していた。
角田ゆうき,角田悠紀
前職の先輩が県会議員である影響から、昨年11月の富山市議会補選で急遽、新人候補者の街頭演説に立つ。 自分だったら何を言って欲しいか考えて話した。
角田ゆうき,角田悠紀
お会いしたかった政治家のお一人。「どんな政治家になりたいの?」「地方を守る、地方が輝くために働く政治家です。」生意気を言いました・・・頑張ります。